もう
彼とは1年会っていない。 KITTY-Mにゃん writes.
私とGCがバーテンダー協会を辞めてから。
入院していることを聞いたのも3週間前の2月15日、
試飲会の帰りに寄った、
仲間のバーテンダーが勤める新宿のBARだった。
「悪性リンパ腫」
詳しくはわからなくても
それがとても危険な病名であることは、理解している。
「11月頃から体調が悪くて1月に入院した。
今放射線治療で副作用が強く、髪の毛も少なくなってきたから・・・」
バーテンダーのO氏は話を続ける・・・
「だから今、僕も辛くてお見舞いにいけないんですよ。
今は辛くてもその治療が終わった頃にお見舞いに行くつもり・・」
その言葉に私とGCも同意し、O氏からの連絡を待つ事にした。
携帯が鳴ったのは今日の夕方5時55分、O氏から
日本橋の高島屋から三越に向かって歩いている途中で
周りの雑音で声が聴き取りにくい・・・・
ん??
今日の16時29分・・・・
え?どうしたの??
Mちゃんが・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
Mちゃんは彼の愛称
O氏がそれ以上何も言えなくても
わかってしまった
バーテンダーMちゃんはGCと同期で
とてもいいライバルだった
Mちゃん 28歳
若すぎる訃報に言葉が無い
2006年3月10日
たくさんのお花の中にある彼の写真は
ありったけの笑顔で
屈託のない少年のようで
私は病魔というものを甘く見ていたかもしれない
痩せ細った人だけが弱いわけではない
事実、彼はふくよかになっていた
それは太ったのではなく
むくんでいたのだ
太って見えたので健康そうに見えてしまったのだ
たぶん、周りのみんな、そう思ったのだろう
きっとすぐに治る、そう判断したのだろう
彼の入院を知らなかったのは
私だけではなかった
私の周りの
彼を知るほとんどの人が
病気も入院も知らされず
突然訃報を聞かされた人もいた
彼はどんなに心細かったのだろう
弱り行く自分に
なんて言い聞かせていたのだろう
ごめんね気づかなくて
言葉一つ掛けてあげられなくて
ごめんね
改めてUPせずに追記としました

